追悼 HH(酒力)さん すばらしい天体写真仲間物語
先日、これまでの人生の中でも最も悲しい報に触れました。
2月、このブログでもリンクしています私の親友のHH氏(平田さん)が、急逝されました。
私の1つ上、まだ40代前半でした。
彼とは二十歳過ぎの1998年ころに出会い、20年来の付き合いでした。
お互いに仕事などで付き合いにブランクもありました。しかし、3年前に再会を果たして
活発なやり取りがはじまり、時折遠征にも一緒に出かけていました。
これからはのんびり、あと30年くらいまた一緒に天文を楽しめるかな、と思っていたところに、
考えたこともない悲しい出来事が起こりました。
昨年夏過ぎからお互いのタイミングが合わず、最後の一緒での撮影は昨年2017年8月の浄土平遠征でした。
彼にとっての15年ぶりの浄土平遠征に合流したのが最後の直接対面になってしまったことになります。
そこは彼との思い出が最も濃く詰まったところでした。
その後も1週間も空けず、LINEやらTwitterでは天文の話題でも天文の話題でも繋がっていていて、
お互い別に遠征に行っているときは冷やかしも続いていました。
ふと2月23日を最後に音信が全くないことに3月に入って気づきました。
彼は教師なので受験指導で忙しく「次に遠征にいけるのは4月かな?」などど話を聞いていました。
そこで、
「忙しい季節だから、あまり連絡をとっても邪魔かな?3月末になればまた出てくるだろう」
と思いこんでいました。
その間に、彼の弟様が天体写真関係繋がり関係者へのコンタクトを試みられてくださっていました。
天体写真繋がりで私のところへも亡くなった数日後にはメールで訃報が送信されていました。
しかし、私も多忙でメール受信の頻度が低くなっていて、3月14日に私はその報を受け取ることとなりました。
2月24日に彼は旅立ったそうです。
彼には申し訳ありませんが、もし、直後に訃報をいただけていたとしても
正気を保ち、彼のもとへすぐに行くことができたかというと、その自信はありません。
会えなかったのは残念ではありますが、これでよかったのかもしれないと思っています。
この歳ですから、もちろん死に触れるのは初めてではありません。
しかし、親族の死でもいわば"順番"は崩れておらず覚悟ができていたためか、
こんなに泣いたことはありませんでした・・・
私としては幸いに感じたのが、最後の会話が回鍋肉についてだったことと、
亡くなる前夜の最後のツイートが望遠鏡の物色だったことです。
生前のまま、いまも天国で飲み食いしたり、
望遠鏡をどれ買おうか、画像処理がめんどくさいとか、どの観測地に行こうか、とか
彼は思っていそうに感じられます。
彼は私の齢とほぼ同じの外から見れば友人ではありましたが、私にとっては先輩であり、心の支えの人でもありました。
とてもスケールの大きな、おおらかな人でした。
しかし繊細な部分もあり、彼の風景写真や星景写真の中で、彼の「心象」をうかがうことができます。
落ち込み、天文をやる気も失いかけました。
3年前までは20年前の仲間のほとんどが天文から引退してしまい、ほぼ一人で天文をやっていましたが、
しかしこの3年、彼が引っ張りだしてくれたおかげで、 繋がりが増えました。
この新しい繋がりを大切にし、彼のことも思いつづけながら星と関わりたいですし、彼もそれを喜ぶでしょう。
今後も「素晴らしき哉天文人生」の続編を展開していきたいと思います。
彼は文才もあります。
彼に見倣い、また彼へのお礼も込めて、続編のまえにこれまでの「物語」を書き出そうと思いました。
彼へのお礼を書くには、私のこれまでも書かないと伝わりません。
勇気を出してそこを書き、また関係登場人物?も既に時効になってきていますので、
彼との出会いの前から彼との別れまでを「物語」に記そうと思います・・・
これから すこしづつ、書いていきます。
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彼と出会ったのはいつだったのかは正確には覚えていません。
いつのまにか意気投合し、いつのまにか一緒に遠征していました。遠征するのみでなく、街でも面白可笑しく過ごしました。
20年の付き合いでしたが、彼も私も仕事の都合で音信のない期間が間に14年ばかりありました。この間は私の結婚報告で
1度会っただけ。前半に3年ほど、そしてこれからは長くなりそうだと思った再会後は3年ほどでまさかのことになってしまいました。
それでも14年の隙間を感じない濃い思い出が詰まっています。
亡くなってからご親族からおうかがいして知ったことですが、彼も私も天文に興味をもったきっかけは
1986年のハレー彗星の接近でした。
私の場合は父がミーハーな人だったのでハレー彗星ブームに乗り望遠鏡を買い、観測に連れ出されました。
また父がカメラ趣味も元々あったため、撮影もトライしていました。私はそれが天文や天体写真への興味のきっかけです。
中学は陸上の部活やら受験やらで普通の中学生らしく特に天文とは深いつながりは持たずに過ごしました。
高校へ進み運動程度の部活をやりたかったのですが、陸上部がインターハイに出るレベルで私はそこまで求めていませんでした。
旧制中学からの歴史ある県立高校なので地学部があり、活動も比較的活発でした。そこで地学部に入ってみました。
これが天文に深く入り込むきっかけとなりました。
実際は地学部以外のことにのめりこんでしまいました。しかし1年時の夏合宿の入笠山で見た天の川、ペルセウス座流星群。
それに感動して2年生ではそれまでのお年玉を全てつぎ込んで型落ちのP-2S赤道儀と75ED-HFを買い、
M31を直焦点撮影しています。3年は乗鞍まで夏合宿に行きました。この高校生活がその後の私の天文の原点です。
さて、彼との初めての出会いは、1998年ころのアルバイト中のことだったと記憶しています。
私は大学入学でやはり天文研究会に入りました。私の代近く以降からは、"天文"という軸ではあまり高校ほど質の高くない
天文研究会ではありましたが、私の頃はまだ星はともかく見ていました。入学してすぐ天文研究会の院生の方の紹介で、
今はない都内の天文ショップでのアルバイトを始めました。この店が出会いの場所であったはずです。
彼と私は年齢は1つしか離れてませんでした。しかし社会人デビューは目標に向かって真っすぐの彼の方が数年早かったのです。
彼との第一章の思い出は、この休みを終えた大学生活の後半のことでした。
アルバイトでは、通販の電話受けや、梱包発送、店舗の接客はもちろん、お金に直接かかわらないメーカーへの発注などの
事務作業もやっていました。かなりの社会勉強をさせていただきました。そして当時写真撮影志向の強い店であったので
天体写真についての知識も最新のものが得ることができました。お客様との出会いもありました。もちろん、撮ることを
我慢することができず、実家通いだったこともあって頂いたバイト代はそのまま望遠鏡やら撮影機材へと消えていました、、、。
バイトの最後の頃はかなりのアドバイス能力となっていました。
天文界の景気とその店の勢いが良かったので休日には店頭でかなりの高額セットもコンスタントに売れたのですが、
やはりそれなりにインパクトのある売れ方のものは今でも1つ1つ自分の接客でなかったものであっても覚えています。
そしてバイトの4年目にその日は訪れました。
彼との楽しい第一章のはじまりです。
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コメント
記事にしてくださって、ありがとうございます。
投稿: ryojin | 2018年3月28日 (水) 10時38分
酒力さんのブログは拝見しておりました。同じ天体分野でも独特の文体で楽しく拝読していたのです「めんどくさい」と仰いながら掲載される写真は「めんどくさがりの方の写真では」無かったですね。
大変残念です。まだまだこれからという時の訃報に驚きを隠せません。
酒力さんの想いを継いでぜひ続けて行ってくださいね。
ご親友と星仲間のご逝去心よりお見舞いいたします。
投稿: 大阪あすとろぐらふぃ~迷人会一同より | 2018年3月28日 (水) 16時59分
それぞれみなさまも天文に関わるいろいろな物語をお持ちのことと思います。
笑えることに、実際、彼はめんどくさがりながらやっていました。要領がよくて抑えどころだけ抑えてやっているんですよね。昔から撮影中は良く寝ていましたし、フィルム時代の後処理はお任せ、機材も恐ろしいほどシンプルでした。
だた、やるところをやる、がものすごかったんですよね。
必要ならすぐ買う、 モノを大事にするという概念がなくそしてとことん使う、そして楽しむ。
楽しくないならやらない。
こればかりは真似できないので、いつも感心していました。
投稿: MM | 2018年3月28日 (水) 23時44分
250RCさんのブログにも書かせいていただいたのですが、
すみませんこちらにも書かせていただきます。
平田さん(ヒラくん)、亡くなっていたのですか…
少し前にFaceBookを検索してみて追悼の文字をみてびっくりしました。残念です。
彼の小学生時代の同級生で、私も天文を趣味としています。未だ素人のままですが…
#私は小学2,3年の時には既に天文が好きになっていたので、そこだけ自慢(?)できるかな。
彼が5,6年のときに主催した天文鑑賞会、今も記憶に残っています。同じ学年に天文ファンが沢山いたのも彼の存在があったからかもしれません。
彼は別の中学に進んでしまったので関係はそれっきりでしたが
彼の痕跡がここに残されていること嬉しく思います。本当にありがとうございます。
このHP、末永く続けられることを期待しています。ブックマークさせていただきます。
失礼いたしました。
投稿: 通りすがり | 2021年9月22日 (水) 04時04分
通りすがりさん
コメントいただき、ありがとうございます。
とても残念でしたが、振り返って彼のおおらかさを再認識しました。
もう小学生の頃からそのような周りを巻き込む存在だったのですね。
彼の小さいころの話は、亡くなったあと彼の弟さまとつながって
お聞かせいただいたのですが、天文ファンとしての話は、
通りすがりさんからお聞きすることは初めてです。
小学生のときに天文鑑賞会を開いていたとは驚きです。
今後も彼のことを思い出しながら、細々と星を見続けていくつもりです。
ここも閉じるつもりはありませんので、たまにまた起こしください。
これも彼が作ってくれた縁です。感謝しています。
投稿: M&M | 2021年9月24日 (金) 01時03分