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2018年5月10日 (木)

2018/04/21 天城高原遠征   今年初の遠征

所用と天気の掛け算で1~3月は遠征に出られませんでした。4月は新月の週末もダメでしたが、月も太った21日、今年初遠征になんとか言ってきました。

南天を撮りたいのと、皆さんが集まりそうだということで遠征地は天城をセレクト。

月は23時まで残りますからのんびりセッティング、みなさんと雑談、HHさんの思い出話でも盛り上がりました。twitter繋がりでの学生さんともオフラインでお話しできました。

賑やかでとても楽しい遠征でした。

撮影対象は、アンタレス付近と、出目金星雲。

今回からダークも取得し、画像処理にも本腰入れようとしたことで、画像処理にてこずってます。とりあえず、初めてマスクワークを使って出てきた画像を貼っておきます。

今日のところ、アンタレス付近。

New3


TAKAHASHI FS-60CB(+Reducer) 250mm F4 + CooledEOS6D ISO1600 7min x 16comp. = 112min
TAKAHASHI EM-200TEMMA2Jr + QHY 5LII + PENTAX105SDP 515mm F4.
2018/04/22  Shizuoka-Pref

マスクの効果を自覚しやすいように大袈裟処理したら、
黒潰れとコントラストと彩度上げすぎちゃったのでまたやり直します。

2018年4月16日 (月)

すばらしい天体写真仲間物語 (2)

引き続き、彼との楽しい思い出です。

90年代の天体写真界の懐かしい周辺の話題も思い出しています。


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1990
年代の後半から2000年代の入り口は、フィルム天体写真の黄金期、絶頂を迎えていました。天文イベントとしては、ヘールボップ彗星や百武彗星の2つの彗星と、ダストトレイル理論で予報精度があがり2度楽しめた、しし座流星群の盛り上がりが。

天体写真では1992年頃にSBIG社がオードガイダーST-4を販売。長時間露出、長焦点、ラージフォマット化の流れが加速していました。

私が直焦点を始める前の1980年代にはすでにモータードライブは主流になっていて、"眼視手動ガイド" から "モータードライブ+眼視手動補正" の時代になっていました。が、それでもST-4の登場までは辛い眼視補正作業は変わらず、ほとんどの人は数十分の露出が限界でした。私も天体写真撮影を始めたころは、あのビクセンのGA-4の十字線と睨めっこをしていました。

90年代後半はST-4の値段が下がってきて普及が進んできました。長焦点のガイドも苦ではなくなったので光学系は長焦点に、露光も長くなり、撮影光学系はガイド成功率の高い屈折にシフトしていきました。そして画質を求め35mm版からブローニ版へのシフトもこれもすごい勢いでした。各ショップはガイド関係のグッズや、天体写真専用のブローニ版のアストロカメラを挙って開発して販売していました。

そのような背景から、90年代後半の直焦点天体写真のハイレベルなアマチュアの定番と言えば、鏡筒は125SD-HF、赤道儀はNJP、行くとこまで行ってる人だとMS-5といった感じでした。勢いがあった時代なので、EM-200や、EM-200と望遠鏡を買う人はコンスタントに出ていました。しかし125SD-HFや、タカハシのNJP以上、ペンタックスのMS-4以上の赤道儀が売れる時はそれなりのインパクトを感じました。しかもそのクラスの望遠鏡と赤道儀のセットとなるとさすがに稀で、赤道儀だけの買い替えや、鏡筒の買い替えがほとんどでした。

そのクラスの機材を買うのは、30代独身層か、安定の40代半ば以降の子育て終了後のそれなりの企業勤めの方が中心でした。そんな中に直焦点をやる20代以下がいると目立ちました。結局4年アルバイトをした中で、インパクトの残った20代以下というと、後に盗作疑惑(年齢も詐称だったらしい)で話題になった人と、彼だけです。(盗作疑惑の人はどう見ても年下の高校生には見えませんでした)。また天文をやる人はそもそも必要のない趣味のものだし、硬い人?が多いためかローンを利用する比率は高くないのですがそれでも高額商品ではローンにする人の割合は23割はあったような気がします。

余談ですが、後の登場人物で、いつも60回ローン、先月もローン組んだのに、今月もまた60回ローン!?という人がいたのですが、後に友人になってから聞くと「そのほうが仕事のやる気が出る」というようなことを言っていたような気がします。確かに機材を買うためにに働いていると思えばやる気もでる時もあるかもかもなぁ。もちろん彼が逆に硬い仕事をやっているからこそ成せる技です。

そして、ある日、20代の目の鋭い体格のいいお兄さんが店を訪れました。

接客は私ではなく彼と地元同好会かなにかで面識のあった社員の方でした。彼は訪れたその日のうちに、MS-4125SD-HFを、しかも一括で買って帰っていきました。自分と齢はほとんど同じであることは大体見た目でわかりました。彼はストレートで社会人になってますから、今になってみると働き出して2年目くらいだったんだと思います。


なんだこの人は!?

という第一印象でした。これが彼との初めての出会いでした。彼と天体写真で遊ぶようになるまでになったのはもう少し後のことです。


(続きはまた。)

2018年3月28日 (水)

追悼 HH(酒力)さん すばらしい天体写真仲間物語

Img_1229_2

先日、これまでの人生の中で最も悲しい報に触れました。

2月、このブログでもリンクしています私の親友のHH氏(平田さん)が、急逝されました。
私の1つ上、まだ40代前半でした。


彼とは二十歳過ぎの1998年ころに出会い、20年来の付き合いでした。お互い、仕事やらでブランクがありましたが3年前に再会を果たし、この3年はまた活発にやり取りし、時折遠征に一緒に出かけていました。これからはのんびり、あと30年くらい一緒に天文を楽しめるかな、と思っていたところ、考えてもみたこともかった悲しい出来事となりました。

お互い昨年夏過ぎからお互いのタイミングが合わず、最後に会ったのは昨年20178月の浄土平への遠征でした。彼にとっての15年ぶりの浄土平遠征に合流したのが最後になってしまいました。しかし、そこは最も彼との思い出が濃く詰まったところでした。その遠征後も1週間も空かず、LINEやらTwitterでは繋がっていて天体写真談義やら、お互い別に遠征に行っているときは冷やかしやらは続いていました。しかし、ふと223日を最後に音信がないことに3月に入って気づきました。しかし彼は教師であったため次に遠征にいけるのは4月かな?などど話あっていました。そのため、ちょうど忙しい季節だから、あまり連絡をとっても邪魔かな?3月末になればまた出てくるだろう、と思っていました。

そんな矢先、彼の弟様が天体写真関係の繋がりへのコンタクトを試みられてくださっていたため、天体写真繋がりで私のところへもメールで訃報が届いていたのです。私も多忙でメール受信の頻度が低くなっていたため、314日になって私はその報を受け取ることとなりました。


224日に彼は旅立ったそうです。


彼には申し訳ありませんが、もし、直後に訃報をいただけていたとしても正気を保ち、彼のもとへすぐに行くことができたかというと、その自信はありません。会えなかったのは残念ではありますが、これでよかったのかもしれないと思っています。

この歳ですから、もちろん、もう死に触れるのは初めてではありません。しかし、親族の死でもいわば"順番"は崩れておらず覚悟ができていたためか、こんなに泣いたことはありませんでした、、。

私としては幸いに感じたのが、最後の会話が回鍋肉についてだったことと、亡くなる前夜の最後のツイートが望遠鏡の物色だったことです。多分そのまま、天国で食べたたり、望遠鏡をどれ買おうか、画像処理がめんどくさいとか、その観測地に行こうか、とか今も思っていそうに思えます。

彼は私の齢とほぼ同じの、外から見れば友人ではありますが、私にとっては先輩であり、心の支えの人でもありました。とてもスケールの大きな、おおらかな人でした。しかし繊細な部分もあり、彼の風景写真や星景写真の中で、彼の「心象」をうかがうことができます。



落ち込み、天文をやる気も失いかけました。


しかし、この3年、彼が引っ張りだしてくれたおかげで、3年前までは20年前の仲間のほとんどが天文から引退してしまい、ほぼ一人で天文をやっていたところ、繋がりが増えました。この新しいつながりを大切にし、彼のことも思いつづけながら星と関わりたいですし、彼もそれを喜ぶでしょうから、今後も「素晴らしき哉天文人生」の続編を展開していきたいと思います。


彼は文才もあります。彼に見倣い、また彼へのお礼も込めて、続編のまえにこれまでの「物語」を書き出そうと思いました。

彼へのお礼を書くには、私のこれまでも書かないと伝わりません。

勇気を出してそこを書き、また関係登場人物?も既に時効になってきていますので、彼との出会いの前から彼との別れまでを「物語」に記そうと思います、、、、。

すこしづつ、書いていきます。


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彼と出会ったのはいつだったのかは実は正確には覚えていません。

いつのまにか意気投合し、いつのまにか一緒に遠征していました。遠征するのみでなく、街でも面白可笑しく過ごしました。20年の付き合いでしたが、彼も私も仕事の都合で音信のない期間が間に14年ばかりありました。この14年の間は私の結婚の報告で1度偶然会っただけ。前半に3年ほど、そしてこれからは長くなりそうだと思った再会後は3年ほどでまさかのことになってしまいました。それでも14年の隙間を感じない濃い思い出が詰まっています。

亡くなってからご親族からおうかがいして知ったことですが、彼も私も天文に興味をもったきっかけは1986年のハレー彗星の接近でした。私の場合は父がミーハーな人だったのでハレー彗星ブームに乗り望遠鏡を買い、観測に連れ出されました。また父がカメラ趣味も元々あったため、撮影もトライしていました。私にとってはそれが天文や天体写真への興味のきっかけです。

中学は陸上の部活やら受験やらで普通の中学生らしく特に天文とは深いつながりは持たずに過ごしました。高校へ進み運動程度の部活をやりたかったのですが、陸上部がインターハイに出るレベルで私はそこまで求めていませんでした。県立高校ではあったのですが、旧制中学からの歴史ある高校なので地学部があり、活動も比較的活発でした。そこで地学部に入ったことが天文に深く入り込むきっかけとなりました。実際は地学部以外のことにのめりこんではいたものの、地学部の1年時の夏合宿の入笠山で見た天の川、ペルセウス座流星群、、、。それに感動して2年目はそれまでのお年玉を全てつぎ込んで型落ちのP-2S赤道儀と75ED-HFを買い、入笠山でM31を直焦点撮影しています。3年は乗鞍まで夏合宿に行きました。この高校生活がその後の私の天文の原点です。


さて、彼との初めての出会いは、たぶん、1998年ころのアルバイト中のことだったと記憶しています。


私は大学入学でやはり天文研究会に入りました。私の代近く以降からは、"天文" という軸ではあまり高校ほど質の高くない天文研究会ではありましたが、私の頃はまだ星はともかく見ていました。入学してすぐ天文研究会の院生の方の紹介で、今はない都内の天文ショップでのアルバイトを始めました。この店が出会いの場所であったはずです。

彼と私は年齢は1つしか離れてませんでした。しかし社会人デビューは目標に向かって真っすぐの彼の方が5年早かったはず。というのも私は "事情" があっての迷いから、大学生活の途中で大学を休んでいるのでその分だけ年の差以上の差があったのです。彼との第一章の思い出は、この休みを終えた大学生活の後半のことでした。

アルバイトでは、通販の電話受けや、梱包発送、店舗の接客はもちろん、お金に直接かかわらないメーカーへの発注などの事務作業もやっていました。かなりの社会勉強をさせていただきました。そして当時写真撮影志向の強い店であったので天体写真についての知識も最新のものが得ることができました。お客様との出会いもありました。もちろん、撮ることを我慢することができず、実家通いだったこともあって頂いたバイト代はそのまま望遠鏡やら撮影機材へと消えていました、、、。バイトの最後の頃はかなりのアドバイス能力となっていました。

天文界の景気とその店の勢いが良かったので休日には店頭でかなりの高額セットもコンスタントに売れたのですが、やはりそれなりにインパクトのある売れ方のものは今でも1つ1つ自分の接客でなかったものであっても覚えています。


そしてバイトの4年目にその日は訪れました。


彼との楽しい第一章のはじまりです。

2018年2月 1日 (木)

皆既月食

予報が外れ、諦めていたはずが、見えちゃいました。
予報も悪かったのですが、インフルが家族に出ていて、望遠鏡をのんびり出していたらヒンシュクかいそうで。

とりあえず200mmのカメラレンズの三脚固定で収めておきました。

Img_7613

2018年1月30日 (火)

ノイズ、および ノイズ処理の実験 (再入門)

今更なのですが、面倒だし撮影時の時間がもったいない気がして、
私はダークは撮らず(すなわち引かず)ノイズ処理としては
コンポジットとディザ合成のみとしてきました。

最近になって
HH氏の画像を見て、果たして私はこのままでいいのか?
(若干マンネリしてきて)写真の質を上げるのに近道はどこか?(基本手抜き!)
といった考えがフツフツ湧いてきました。


今月は遠征に行けなかったし、今も身近でインフルエンザが蔓延していて
遠征どころかスキーとかで息抜きもできないので、実験で憂さ晴らしをしました。

自宅の夜の室内で6Dにカメラレンズを付け、明るさは絞りで決め込み、
そこそこの天体写真級の露出時間にしてサンプル画像を取得。

*ISO設定の”美味しいところ”の再確認、
*ディザ合成の効果の再確認、
*ホントのところどの程度のダークが満足できるのか?

を実験から見てみることに。


趣味ブログなので細かい意図説明は手抜きさせていただきますが、
ライトフレームの総露出は揃えて実験。

特にによく、
「ダークはライトフレームと同じ枚数かそれ以上」と言われていて、
「そんなにやってられっか!時間勿体ない!」と思っているので
ダークはn=1から作ったものと、ライトフレームのn=8と同じくn=8にしたもの
を仕込んだりしています。ダーク取得にかけている時間はその分だけ
異なることになります。

Photo_3


さて、この実験の私的な感想は、
*わりとダーク枚数は少なくてもディザリングをやれば奮闘する。
*ディザ合成はやっぱり圧倒的な時間効率の良い。
*6Dの場合、ISO1600と3200は、コンポすると3200の方がよく見える。
となりました。

n=1のダークだろうと、ディサ合成を組み合わせればn=8のダークと同じくらい
イケるような結論を得たので、ダークはこれから引いてみようかと気持ちが
傾いています。

2017年12月29日 (金)

2017/12/22 朝霧高原遠征   M41

これは直焦点ではなく、カメラレンズとスカイメモSです。
このレンズ、APS-Cでテレ側で星が流れて写るのでダメだこりゃとレッテルを貼っていたのでうsが、フルサイズで拡大倍率下がれば何とかなるのではと思って今回撮りました。

M41
やっぱり流れてしまいましたが、たまに撮るなら良いでしょう。

Canon EF70-200F4L  + CooledEOS6D ISO1600
30secmin X 4comp. = 2min
TAKAHASHI EM-200TEMMA2Jr + QHY 5LII + Off-axis guider
2017/12/23    Shizuoka-Pref. JAPAN

すごい量産体制でした。

さて、今年の遠征はこれで終わりです。遠征には5回でました。
来年こそ天候が良い1年になってほしいものです。

来年は露出をFS-60CBで3時間超えで狙います。

今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

2017/12/22 朝霧高原遠征   M64黒眼星雲

冬の大三角も沈み始め、短焦点でつらくとも春の銀河を撮るしかありません。
M81とかメジャーどころは撮ってあるので、小さいものを狙いました。

M64_sdpf5_c08m00_64min_20171222ag_2

黒眼は何とか伝わりますね。

PENTAX105SDP 515mm F4.9  + CooledEOS6D ISO1600
8min X 8comp. = 64min
TAKAHASHI EM-200TEMMA2Jr + QHY 5LII + Off-axis guider
2017/12/23    Shizuoka-Pref. JAPAN

2017/12/22 朝霧高原遠征   M46、47

早いもので、もう夜半過ぎは冬の大三角も傾き、撮影はつらくなります。
そこで低空ても何とかなる、散開星雲の出番。

M46m47_sdpf5_c04m00_24min_20171222a

大好きな散開星団です。対比がなんだかかわいく感じるのです。

PENTAX105SDP 515mm F4.9  + CooledEOS6D ISO1600
6min X 4comp. = 24min
TAKAHASHI EM-200TEMMA2Jr + QHY 5LII + Off-axis guider
2017/12/23    Shizuoka-Pref. JAPAN

2017/12/22 朝霧高原遠征   ばら星雲

ここで日付が変わり、撮影時刻としては23日に。

_sdpf5_c10m00_100min_20171222ag_2

この夜の本命3つ目。

もう少し写ってもいいかなとも思うのですが、露出が少ないのでしょうね。
でもF5で3時間かけるくらいなら、明るい筒で3時間かけたいのです。

PENTAX105SDP 515mm F4.9  + CooledEOS6D ISO1600
10min X 9comp. = 90min
TAKAHASHI EM-200TEMMA2Jr + QHY 5LII + Off-axis guider
2017/12/23    Shizuoka-Pref. JAPAN

2017/12/22 朝霧高原遠征   クリスマスツリー星雲付近

_sdpf5_c09m00_90min_20171222ag


この夜の本命その2。淡くて難敵であるのはわかっていましたが、それだけに露出たっぷりかけたのにこれだけか、とがっかりするのが怖くて、90分級の露出どまりで。南中を挟みましたが気にせず撮りました。

PENTAX105SDP 515mm F4.9  + CooledEOS6D ISO1600
10min X 9comp. = 90min
TAKAHASHI EM-200TEMMA2Jr + QHY 5LII + Off-axis guider
2017/12/22    Shizuoka-Pref. JAPAN

今まで撮った中では最良の出来。次に撮るなら、明るい筒でもっと露出をかけましょう。

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